実践体育学体操三井島システムと共に歩んだ30年を振り返って

佐賀県

指導者 古川 絹子

 私は、体操三井島システムを始めて来年には、30年目を迎えます。 体操との出会いは、佐賀に家を建て引っ越しをしたころのことです。家のすぐ隣の自治会館で体操教室が行われていました。 お誘いを受け見学をしましたが、子供が小さかったので迷いながらの入会でした。やんちゃ坊主3人連れての実践でしたので、教室の皆さんに大変ご迷惑をおかけしたことと思います。 その後、3男の幼稚園入園をきっかけに指導者養成講座を受けて、指導者になりました。 2年ほど経って教室が軌道に乗り出したある日、第4子を授かったことがわかり驚きました。思わぬことでしたので、指導者を辞めないといけないのではという不安が頭をよぎりました。 しかし、佐賀の指導者さんの協力、励まし、支えがあり指導者を続けることができました。これまで、指導者を続けてこられた事に感謝の気持ちでいっぱいです。 その時産まれた娘は三井島智子先生の大学の後輩となり今年卒業し、4月から教職についております。娘は昨年オリンピックのボランティアが出来る事を楽しみにしていましたが残念ながらコロナウイルスの為、念願は叶えられませんでした。 幼い娘を連れて三井島智子先生の福岡のご自宅に何度かお伺いさせていただいたことがとても懐かしく思い出されます。 今、指導者をしていて思う事ですが私か体操を始めたのは30歳代のころでした。 ところが、今私が指導している会員さんの中には30歳代の会員さんはいらっしゃいません。私も年齢を重ねましたが、会員さんも一緒に歳を重ねて高齢化が進んでいます。 今後の体操三井島システムの発展の為には若い力が必要だと思います。是非多くの若い会員さんが増えて、新しい若い指導者が誕生することを願っています。 コロナ禍で世の中に未だかつてなかった変化が起こり色々なことを考えさせられました。 新しい会員の方が次々に退会される中、永年継続の会員や年配の会員の方は体操実践を継続されていることに頭が下がります。 「去る者は追わず来る者は拒まず」の精神で活動したいと思います。 これからも「寝たきりにならずいつまでも動ける身体でピン・ピン・コロリ」を目指して会員の皆さんと頑張りたいと思います。